「モーロク満開」を読んで

新聞の、坪内稔侍典先生のエッセイを楽しみに読んでいる。

今回は、ご自宅の紙雛を見ながら奥さんが、「内裏雛が欲しいなあ」と呟いたことから、衣食住趣味に至るまで拘りがないご自分について書かれていた。

ブランド趣味がなく、何でも食べ、住む家にもこうありたいとの願望がないことを、「私は貧しい。性向に魅力を欠く」と結んであって、思わずクスリと笑ってしまった。

そうなのか。いや、そうとも言えるのか、と考える。そうなると、拘りの強い人は魅力満載となる。

しかし周りを見渡して拘りが強い人、即魅力的とはならないような気もする。

友人の中には、ブランド物大好き、自慢話大好き、気に入らないものはイラナイと言い、自分が興味のない話は黙ってしまうか面白くない、とはっきり言う人がいる。

そんな人かなわんナァと思うかもしれないが、彼女の周りにはなぜか人が多い。私の知らない魅力があるのだろうか。確かに世話好きではあるが。

とても気の好い友人から電話があった。長話になったので途中で切り、私の方からかけた。この人は拘りがない。稔典先生が書いておられた性格そのもののような気がする。

この人とは、話していて全く違和感を覚えない。つまり、気が合う友人と言える。となると、私はどちらかと言えば拘りの少ないナチュラルな人と相性が良いとなる。

ところで、私自身は友人達にどう思われているのだろうかと、ちょっと気になった。

(玉麗)

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