魔法がとけた後

平均寿命がのびて、元気な人達が多くなった。

いつまでもきれいな人もたくさん増えた。

整形だと噂されても、やっぱり美しくありたいと
誰もが思う。

でも、魔法はいつかとけると友人が言う。

あの人ナンデあんなに元気なんだろうと
思っていたら、70歳を過ぎたとたん
足腰に不調をきたした。

若いナァといつも感嘆していたが、
言っていることはずいぶん年寄りくさい。

そんな話を耳にするたび、やっぱり魔法だったのかと
考え込んでしまう。

急激にやってくる訳ではないが、
徐々に現れる微々たる変化を
決して見逃さず、対応する必要がある。

明確に、容赦なく書けば、
“あきらめ”
の一言。

いつまでも若い頃のように動ける訳はない。
シワは1日1日深くなる。
ならば、どこかで心に折り合いをつけなくては、
ガクンと来た時のショックが強すぎる。

魔法は永遠には続かないのだ。

私は3年ほど前に、
“あ、これが老化か”と思い当たった。
電池が切れたみたいになったのだ。
顔の変化については、言っても詮無いことゆえ
書かない。

先日久しぶりであった人が言った。
「年とると、いっこもいいことないネ」
でも、こうも言ったのだ。
「マァあきらめさえついたら
どうってことないかもネ」

“諦観”の先には、“若さ”では得ることの出来ない
何かがあると思いたいですネ。

(玉麗)

2件のコメント

  1. 年を重ねるということに悲観と気弱がついて回る、それをあきらめた後に
    開き直りに似た感覚で一日一日をどう過ごすか、最近の私は色々に満足感を努めて持つように
    なり充実した気分で過ごしていると自負しています。

  2. 若作りにこだわるのは、過去ばかりを見ていること、
    そうしているうちに本当にいちばん若い今が過ぎていってしまう。
    そんな風に思います。

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