波長の合う友

最近新聞はスミズミまで読むことがシンドくなった。
目が疲れて、その後の仕事に支障をきたすようでは困る。
タイトルだけ拾ったり、飛ばし読みで「終わり」となる。
けれども興味のある記事は読んでいる。

久田恵さんの那須での生活を綴ったエッセイは面白い。
年代が似ていることで中身が共感できたり、何より私が憧れる自然の中での暮らしぶりが羨ましく、楽しい。
今日のタイトルは『心安らかな波長が合う友』であった。

大学の同級生が2人、久田さんの住む那須のサ高住(サービス付高齢者住宅)へやってきて、泊まって夜遅くまで語り合う。
18歳で出会って50数年間・気まずさ・けんか・軋轢、どれひとつ無く付き合ってこられたのはどうしてなのかと呟くと、波長が合うんじゃないのと1人が言った。

「波長が合う」か・・・。
久田さんはおおいに納得し、私も読みながらそうなのだと同調した。

親友、と安易に使っているが、ただ親しく付き合っているだけではそうは呼べない。
心友などと書くと大袈裟すぎる。
ふと電話したくなる友人、「どうしたの?元気にしてる」と言ってくれて会話中決して心が泡立つことのない相手。
波長が合う友とはそのような人のことだろう。
そういう人が2人もいれば、人生はこよなく麗しいものになると信じている。

友人のことで悩む人はけっこういるらしい。
それは多分友人の取捨選択がまだ終わっていないと言っていい。
いつとは言えないが、そのうち、多くの友の中から自分と波長の合う人が見つかるはずだ。

(玉麗)

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