名台詞(めいぜりふ)は、映画の中でカッコイイ人が口にするものと思っている。
日常生活でフツーの人が決め台詞をいうことは、まず無いからだ。
捨て台詞はあるかもしれない。
しかしそれとて耳にすることはほとんど無い。
私達日本人はけっこう穏やかに生きており、激しく人と言い合う機会が無い。
例えそんなシーンがあっても、捨て台詞を吐くまでには至らない気がする。
血の気の多い若い頃ならともかく、バアサンになった今では言おうと思っても出てこない。
機知に飛んだ会話というものに、ずうっと憧れてきた。
しかし会話はひとりでは出来ない。
必ず相手がいる。
その相手が、私が発した言葉に敏感に反応して、私が目を点にするような言葉を返してくれることなど、ほんとにあるんだろうか。
いや、私の方とてそんな言葉を紡ぎ出せるとは思えない。
映画やテレビでの間合いの絶妙なやり取りは、全て台本の中で構築されるもの。
一般人がそのように上手く喋れるはずはないのだ。
だからこそそれを耳にした時感動する。
その台本を作った脚本家を尊敬する。
物語を読むのは好きだ。
同じくらい、シャレた会話をこなす映画・ドラマを好む。
最近の人々は会話下手になった。
会話になっていない会話がほとんどである。
相手が何か話したら「私もネ」と横取りして、自分のことばかり話す。
私も含めて、自分のことを話したくてウズウズしている感じ。
もし相手が聞いてくれるているとしたら、その人はホントに良く出来た人だと断言できる。
会話は人と人が言葉でキャチボールをしているようなもの。
ちゃんと投げて、ちゃんと受ける。
これ、基本中の基本。
(玉麗)