あの頃は、公園でリードを離しても誰も咎めなかった。
人が少ない日、リードをつけたまま放して自由にさせることもあった。
風太は、近所の公園ならひと回りするだけで帰ろうとする。
広い河川敷ならどこまでも歩こうとするくせに・・・。
あ、今日も帰りたがってるナと思ったとたん、道路へ上がる階段を昇り始めた。
「ダメッ 止まれっ」と言っているのに、知らん顔してどんどん行く。
上がった所は広い道路で、車がいっぱい通っている!!
私は力いっぱい走った。
走ったけど、とうてい風太の俊足には追いつけない。
やっと階段を上り切ると、信号は青で、数10メートル先を黒いヤツが猛スピードで走っている。
ゆるい坂道を下り、また信号を渡って、もう豆ツブほどにしか見えない。
誰かーーーーッ その犬つかまえてェと叫びたいけれど、通行人は1人もいなかった。
けれども風太は、やみくもに走っている訳ではなく、ちゃんと自宅を目指している。
もうアカン、足がもつれて動けない。
その時、風太が止まった。
「お母さん、もう走れないンダ」
と思ったか。
私の方へトコトコ戻ってくる黒い犬、安堵と怒りがグチャグチャになって、息絶え絶えの私。
ごめんなさい、と言っている風太の顔を向こうに回して、お尻ペンペン、「ダメよっ」と言うのが精一杯だった。
あー無事で良かった。
抱きしめると涙がポロポロ出た。
反省したのか、その後このような事件は2度と起きなかったが、今思い出しても息が詰まるような気がする。
あの坂道を通るたび、今もあの時のことが瞼に浮かんでくる。
『風太坂』
私は勝手にそう呼んでいる。
その日、1時間かけて私は目的地に着いた。
(玉麗)