1・2・3月は毎年駆け足で去っていく。
体調を崩して1月2月はほとんど教室へ行っていないので、展覧会の時会員たちが心配して、皆声をかけてくれた。
横で娘が心配そうにつぶやく。
「病み上がりなので・・・」
人との対話がストレスになる。
本来なら楽しいはずの会話が。
3日目はとうとう展覧会も休んでしまった。
創立40周年記念展だというのに、当の創立者が会場にいなかった。
3日目の当番の会員たちにご挨拶できず、申し訳ないことをしてしまったと思っている。
皆さん、お疲れさまでした。
この日を迎えられたのは、1人1人の方が玉麗会を大切に思い続けて下さったおかげと、心より感謝しています。
いろいろあったナアと思い巡らせながら、会場に並んだ会員たちの作品を見て回った。
40年は長い。
私の生きてきた年月の半分以上を占めている。
過ぎてしまった日々の重さは計り知れない数値になるのだろうけれど、今から思えば淡淡(あわあわ)として、もうずうっと昔のことのような・・・
それにしても何とマア忙しい月であったことよ。
怒涛のような2月が終わった。
(玉麗)