整理は続く、どこまでも

体の緊張がそろそろとほぐれてきたのか、昨夜はよく眠った。

10時から翌朝7時まで一度も目を覚ますことなく。

これをうまき眠りと言うのだろう。

朝の目覚めが良いのは何年ぶりのことか。
いや、何十年ぶりかもしれない。

片付けは終わっていない。

それでも雑多なものの全ては、リビングからアトリエ(教室)の方へ移した。

これで常時目に触れることなくなったから少し落ち着き、今後はあの部屋をいかに効率よく使用できるか考えることになる。

 

娘が以前書いていたが、彼女はピシッと片付いていなくても気にならないヒトだ。

私はというと、目に映る範囲は整頓したい。

クローゼットの中がいっぱいになっていても、目に触れなければ安心する。

と言っても、そこが、開けたらバラバラ落ちてくるとか、グチャグチャになっているなんてことは決してない。

家の中が整っていないと、気になって仕方ないヒトなのだ。

 

しかし、日々生活する上で便利でなければバツである。

ある程度の雑多な景色には、目をつぶるより他ない。

 

モデル住宅は見た目最高だが、メガネは?

筆記具は?

毎日飲む薬は?

といちいち探したりするようでは、困る。

それらはカウンターの上になくてはならないものなのだ。

 

わが家の食卓は180×90、大きすぎると思って一時期アトリエに運び、130×80に変えた。

けれどもまたリビングへ戻したのは、私がずっとこの場所にいるからだ。

食事はもちろん、原稿を書くのも絵を描くのもこのテーブルを使う。

風太の遺影を置いたり、花を飾ったりしても、この大きさなら全く支障ない。

 

さて、使ったものは必ず元あった場所へ、それも「即」戻しておく。

片付けの極意の1ツであるが、使った人がそれを実行しないとどうなるか?

 

ゴミ屋敷は他人事ではない。

整理・整頓は日々の日課なのだ。

(玉麗)

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