水鳥の埴輪

井真成、一般的には「いのまなり」と読む。

699年藤井寺市辺りで生まれ、36歳の若さで中国西安にて没す。

阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)・吉備真備(きびのまきび)ら遣唐使の一行と共に、19歳の折り中国に渡ったが、病のため帰国を目前に亡くなった。

その記録が刻まれた墓誌が長安で発見され、一躍有名になった人。

まなりくんは今、藤井寺のシュラホールでゆるキャラとなって生き続けている。

久しぶりで藤井寺教室へ顔を出した日、なぜか休みの人が多くて時間を持て余した私は、2階の展示室へ足を向けた。

皆さんは8月の教室の折、ボランティアで歴史ガイドをしているTさんと見学に行ったと聞いている。

入室すると、目ざとく見つけた男性ボランティアが寄ってきた。

私は教室を抜け出して来ているから、見たいところだけササッと、と考えていたのだが・・・。

確かに説明してもらって初めてナルホドと思えたこともあったが、申し訳ありませんが急ぎますので、と途中で辞すことに。

水鳥のようなけっこう大きな埴輪に口許が緩んだ。

ひょっとしてこの建物の入口の空飛ぶアヒル(?)はコレと関連しているのかもしれない。

古墳の内部構造を知ることも出来た。

古墳のまわりには周濠(しゅうごう:堀のようなもの)がある。

大王の葬送の折は、舟に載せて前方後円墳の頂上まで運び、後円の部分に納棺したとのこと。

シュラホールの半分は池に囲まれている。

噴水もある。

屋根の形が古代の木ゾリ「修羅」をモチーフにしているのが一番目をひく光景である。

この学習センターへ通うようになってもうどれぐらいになるだろう。

藤井寺は八尾に次ぐ私の原点でもある。

まなりくんのゆるキャラが、片目をつぶって手を振ってくれた。

(玉麗)

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