少し回復したので、忘れかけていたトイレスクワットを再開しました。
気合を入れて回数を口に出します、しかも英語で。
ワン、トゥー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、イレブン、トゥえ?ナ?てん。
途中でワープしかけました。
なぜ英語なのかは、動画のためです。
パリサさん向けの動画は英訳の字幕をつけていますが、ごく短い動画レッスンがあり、その音声は別撮りで私が英語を話すようにしたのです。
話す文章はほんの少しなので、大丈夫。
とはいうものの、録音した私の英語は、中学生の教科書の棒読みのようでした。
一応、英文科卒ですから、そんなおかしなことにはなりません。(の、はずです)
なりませんが、リダクションがブチギレているため、棒読みに聞こえるのです。
最近では、英語は1語1語の発音よりもリダクションの方が大事、という説も聞きます。
つまり、ネイティブっぽい英語に聞こえるからです。
リダクションとは、英語の単語のすべてを完璧に発音するのではなく、ダラララ~と文節ごとに区切ってなめらかに話すこと。
その際に、発音しないローマ字や、タがラのようになったりと、かなり変化する状態のことを言います。
これは、何かに似ているなと考えて、「椿」だと思い当たりました。
椿も、私はリダクションが大事だと考えています。
葉っぱ1枚がものすごく美しく描けても、とんでもない位置にポツンと描いていたのでは全く意味がありません。
「花と葉っぱをくっつけて、つぼみも加えて、1つのチームとしてとらえる」
これがとても大切です。
要はバランスが命なのです。
椿のリダクションがうまいと、絵が上手に見えます。
文節ごとにまとめてとらえる英語と一緒です。
リダクションは、水墨画全体の本質とも似通っているかもしれません。
くっきりはっきり描く細密画とは違う、引き算の美学を持っているからです。
うまく締めることができました。
(雪)

