紫エンドウともいうそうです。はじめてこの豆を見たのは、伯父さんの畑で収穫されたものを頂いたときでした。大きさはふつうくらいですが、サヤの色が緑ではなくて赤黒いのです。中の豆は緑でした。
エジプトのエジプト王朝のファラオ、ツタンカーメンの墓がイギリスの考古学者によって発掘されたのが1922年。さまざまな副葬品の中にエンドウ豆が見つかり、それを考古学者が持ち帰って、発芽、栽培に成功して各国に広められました。それで、ツタンカーメンの豆とよばれるようになったそうです。
どんなものにも起源はありますが、いまでは身近に見られるこの豆が、ツタンカーメンの生きていた紀元前14世紀頃にも存在したのだ・・・と思うと、とても不思議なロマンを感じます。しかもお墓に一緒に埋蔵されていたのですから。
花もエンドウ豆と同じかたちですが、普通の豆よりサイズが大きめです。
これから黒っぽく変化していきます。
(雪)