同じ階に住んでいても、猫は外に出さないので姿はおろか鳴き声も聞いたことがない場合がほとんど。
ある日、可愛い声が聞こえてきた。
外出しようと外へ出た時のこと。
前方から黒猫を抱いた奥さんと、キャリーケースを持ったダンナさん、顔見知りではあるが、言葉を交わす機会はなかった。
猫はナオ、ナオ、と聞こえる声を発している。
きっと朝からウルサイ近所の工事の音に怯えているに違いない。
夫婦は猫を連れてどこかへ避難するつもりなのだろう。
エレベーターの中で「可愛い声ですねェ」思わず言った。
真っ黒の体、目は大きく美しい緑色に輝いている。
「もう18歳のおじいさんなんですけどネ」
奥さんがにこやかに答えてくれた。
それにしてもなんと艶やかな声だろう。
少しばかり哀愁を帯びて、このままずっと聞いていたいような麗しい響き、人間ならバリトンよりちょっと高く、テノールよりは低いと言ったところか。
猫にも声の良し悪しがある。
あの声は今まで耳にしたことがないくらい素晴らしかった。
ずうっと鳴き続けてくれたとはいえ、僅か1分足らず、記憶のヒダに刻み込む時間がなかった。
また、会えるだろうか。
いやなんとしても会って、もう1度あの声を聞きたい。
(玉麗)