思い出の春

桜がこんなに咲いているのを知らなかった。

そういえば隣のマンションの木も白っぽくなっている。

私の目にはそんな風にしか映っていないのだ。

それでよく絵が描けるものだと、自分でも驚いている。

 

今日は鳥を描いた。

後期手本の来年の干支絵だ。

年賀状を描く人もずいぶん減っているだろうが、やはり日本の年末の習慣は大切にしたい。

年賀状を出さなくても、寸松庵や絵ハガキサイズに小さな絵を描いて飾っておけば、それだけでもお正月気分に浸れる。

新年を祝う、この慣わしはぜひとも続けていきたい。

友人から電話があり、花見に行こうと誘いがあった。

バスで天満橋まで行って合流し、川沿いの桜を楽しんだ。

8分咲きのソメイヨシノの下には屋台が所狭しとばかり店を張り出し、多くの客が飲み物や食べ物を求めてやってくる。

桟敷のある店では2人連れが多かった。

平日なので、友人を誘って、あるいは老夫婦か、楽しそうにビールを飲んでいた。

後ろに見えている建物(造幣局)の八重桜はまだほんの少ししか咲いていないが、たぶん数日後には大勢の見物客が押し寄せる。

 

金魚すくいはあったが、おたまじゃくしすくいはこの日、見当たらなかった。

私たちが歩いた反対側の方にあったかもしれない。

 

ジャン・マルコ・スリムとはここで出会った。

もちろんその時はおたまじゃくしで、持って帰る?と言われて数匹、袋に入れてもらっただけのことで、歩いている途中3匹が動かなくなり、その後3匹がいなくなり、残ったのは3匹。

名前をつけたのもカエルになってのこと。

太っているからマル、小さいからチビ、細いからスリムと、至って簡単な呼び方であった。

その後、チビがデカくなり改名、ジャンゴに、太っていたのはとても可愛くなりマルコ、細い子はずっとスリムとなった。

 

スリムは月へ行ったが、ジャンゴ(愛称ジャン)とマルコは8年1カ月の長寿を誇っている。

桜の頃は特別に、風太と彼らのさまざまなことが思い出される。

(玉麗)

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