「行ってくるよ。」
部屋を出る時、私はこう言っている。
娘がいたら「行ってらっしゃい。」と言ってくれる。
彼女がいない日でも外出するときは、こう言ってドアを閉める。
風太がいた頃、ついて行くと騒ぐ彼を、黙らせるにはおやつしかない。
ビスケット(犬用の)を床に置き、おすわりを命じる。
チョンと座ったら慌てて靴を履き、「まだよーーっ」と大声を上げる。
そして扉を開け、そっと閉める。
直前に「ハイッ」とよく通る声で言ってやる。
パリパリっと大急ぎで食べて、私の後を追おうとする。
と、もう1枚ビスケットがある。
これで一応満足したのだろう。
扉の近くまで来ていた足音はしなくなる。
たいていの場合はこれで諦める。
しかし・・・・・。
風太を連れて行けない所へ私たちが遊びに出かける日、彼はなぜか勘づいていた。
玄関まで走ってきて鉄の扉に体当たりして、抗議したことがあった。
何回もドンドン当たるので、ケガでもしたらと私が根負けして、連れて行った。
娘と交代で入場したのを覚えているが、どこだったのかはもう忘れた。
それなのに仕事の日はちゃんとわかっていた。
決して無謀なアクションはしなかった。
個展の時など遅くなる時でもわがままは言わなかった。
犬ってほんとに賢い生きものだと、今更のように思い出している。
今わが家にいるジャンとマルコは、風太がいた頃とは比較にならない程、静かなペットたちである。
私たちが話しかけたり、ケージの外へ出してやらない限り、動き回ることはないし、大声も出さない。
だからこそ頻繁に声かけをし、散歩をさせたり食事を与えたり、気遣ってやらないと、と思っている。
「ただいま、帰ったよ。」
ジャンが眠そうな顔をあげ、マルコがハウスの中からこちらを見てくれる。
私たちの他にこの家の中に住んでいる者たち、その密やかな息遣いが、わが家の幸せのひとつでもある。
(玉麗)