私の高校時代の母校は、今年創立100周年を迎えた。
今夏、盛大な式典が体育館でとり行われて、私も招待されたのだが、夏真っ盛りの時なのでとてもこの体を郷里まで運ぶことができず、欠席した。
百周年記念誌に、在校時の思い出などを綴った文章が載った。
恩師の推薦で、私も載せていただくことになり、名誉ある23人の中に選ばれた。
恩師には「今の職業に就いた時の苦労話を」と請われ、校長先生からは「在学時の思い出話をお願いします」とのことで、作文に時間を要したが何とかまとめ上げた。
本になって改めて読むと、他の22人はです・ますの美文調であったのに対し、私だけは、限られた字数の中で少しでも字句を多く、と苦心した跡が窺われる。
写真もあえて卒業時のセピア色のものを使った。
これも団塊の世代のさがなんですよと、言いたい気持ち、たぶん誰もわかってはくれないだろうけど。
寄稿のお礼として、帆布で作ったバッグが送られてきた。
バッグには、 AWA High Schoolのロゴがあった。
学校林の木で作ったコースターも一緒に入っていた。
袋を開けるとプーンと檜の香りがした。


行けなかった式典が催された体育館では、もう10年余り前、墨ライブを行い、8メートルの和紙に龍を描いた。
まだ娘が一緒に描いていない頃で、1人で走りながら描いたのを思い出す。
元気だったなあ、あの頃。
(玉麗)