発祥の地

八尾教室へ来ている。
八尾市は私がかつて住んでいたこともあって、会員は圧倒的に多かった。
玉麗会発祥の地でもある。
A・B・Cの3クラス、講座もあったので、全部で4教室。
70人近い人達がいた。

全て過去形で記しているのは、習っていた人達の高齢化、コロナ禍が原因で、今は休会者を含めても15人ほど。
他の教室は退会者がいても、チラホラと入会があるので、なんとか持続可能を予測で出来るが、八尾教室は今のところ体験者が現れない。
コロナ禍の影響をもろに受けた教室である。

現在籍者は、もう長い間通ってくれていて、私達は絆が結ばれている。
皆さん熟練者で、どんな絵も相応にこなしてくれる。
玉麗流をこの地で伝達した証を実感できるのは、とても嬉しいことだ。

色紙に描く張り詰めた時間が過ぎて、添削で各机を回ると、いろいろな話をしてくれる。
何しろ歴史があるから、昔からの親しい間柄みたいな会話は途切れることがない。

お孫さんのこと、ひい孫さんのこと、畑で採れた野菜の話、別のお稽古事での噂、絵をプレゼントした人が感動したとか、私の健康を気遣ってくれたり・・・。
多岐に渡るお喋りは、飽きることがない。
そうやってもう30年はとっくの昔に過ぎた。

八尾教室は私の原点。
ここから玉麗会が育ったと言っても間違いではない。
この話を新しい人に伝えるために、私達は見落としている何かを捜さなければならない時が来ているのだろう。

(玉麗)

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