あの日のこと

唐突に思い出すことがある。

“広いネ、母さん!”

そう言っているかのようであった、18年以上も前のあの日のこと。

部屋の仕切りも扉も家具も、なーんもない床面、下ろしてくれるのを待ち兼ねたように腕から跳び出すと、その辺りをひと回り走って私の膝に「デン」。

そして又走り出す。

黒い小鹿のような体がピョンピョン跳ねながら、全身で喜びを表現しているのが伝わってきた。

私に近づくと又「デン」をする。

何度も、何度も。

風太1歳の初夏の出来事。

同じマンションの少し広い部屋が売りに出たので、交渉を始め、住んでいた部屋の売却を取り決めた。

広い方の部屋は、間取りを変えるためリフォームすることになり、一部を残して全て取り払った。

スケルトンリフォーム、何もなくなった空間がいかに広く感じるか、風太の喜ぶ様が証明していた。

風太はここが自分たちの新しい住処になることを。ちゃんと理解できる賢い犬であった。

そして何より、私たち家族を喜ばせるツボを心得ていた。

風太の4回目の命日が近づいている。

(玉麗)

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