余白

水墨画の特徴のひとつが、「余白」です。余白とは、文字通りなにもない白い部分ですが、辞書でその意味を調べてみると、『文書で、文字が書かれずに白くのこっている部分』(小学館「新選国語辞典」第六版)とありました。

ただ白い紙を余白とは言いません。紙の上にあらかじめ何かが記されていることが前提で、空いているスペースのことを「余白」と呼ぶのです。

紙面だけに限らず、空間や時間の表現にも、余白を使う場合があります。たとえば、「隙間コンテナ」という空間部分を無駄なく使うための家具がありますが、私はあれが苦手。理由は、窮屈そうだからです。通販カタログではものすごく細い収納家具があって驚きますが、空白って、そんなに埋めなければならないものなのでしょうか?

満員電車は言わずもがな、書類の記入欄の狭さ、イスをひくスペースに余裕がない、観音開きの扉の前にものを置く、ものすごく小さなトイレ、満員のエレベーター、窓のない部屋、行列、ギチギチのスケジュール・・・余白のないもので想像するとこんなイメージですが、どれもウウッと締めつけられるような苦しさを覚えます。

ゴルゴ13で「俺のうしろに立つな」というセリフがありますが、あれに共感を覚えます。スナイパーであるデューク東郷は違う意味でこのセリフを使っているのだとは思いますが、外を歩いていても(俺のうしろに立つな)と感じることがよくあります。

私は物理的に余白がないと、ストレスを感じるようです。だからかどうかはわかりませんが、水墨画と相性が良かったのかもしれません。

(雪)

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