【玉麗小説】四季の姫のストーリー

ムービー「姫と神獣、玉麗のものがたり」5分19秒
※屏風絵の制作工程と屏風絵を見られます。(音声あり)

ムービー「四季の姫と神獣たち(完成版)」3分32秒
※談山神社展覧会前に公開した予告ムービーです。(音声あり)

〜ようこそ、玉麗の劇画ファンタジアへ〜

四季の姫のストーリー
『四季の姫四姉妹と神獣たち』

— 序 章 —

一の姫が生まれた朝、雪が降っていた。
父神は冬枯れの庭に下りて、ぼたんの木を一枝折り、

小さな人形(ひとがた)を作った。
そして、母神のかたわらで眠る姫のそばへ置くと、

フッと息を吹きかけた。
人形(ひとがた)は、たちまち品の良い老女となり、

父神に向かって深々と額(ぬか)づいた。

『ぼたん老女よ、そなたは姫の身の回りの世話と

姫神になるための、たしなみを教えてやってほしい』

一の姫は色白で、少しひ弱に見えたが、

深い色をたたえた瞳の奥には、

姫神にふさわしい高貴な光が宿っていた。

ぼたん老女は智恵の限りを尽くし、

母神と幼い姫に献身的に遣えた。

季節がひとめぐりして、春がやってきた。
桜がやっとほころんだ頃、二の姫が誕生した。

父神は咲いたばかりの桜の花を集め、

床に人形(ひとがた)を作った。
桜花達は、あっという間に十歳ほどの

双子の少女になっていった。

『ふたりさくら子よ、姫達の遊び相手を頼んだぞ』

二の姫は象牙(ぞうげ)色の肌に、ほんのり朱がさした

健やかな赤子であった。

大きな声で空腹を訴え、乳をよく飲んだ。

さくら子がやってきたので、

ぼたん老女は姫達の相手をまかせ、

母神の乳がよく出るように、心を配った。
一年はまたたく間に過ぎ、

夏の次に秋がやってくると、

母神は、三人目の御子のために、産屋(うぶや)に入った。
二の姫とよく似た顔立ちの、三の姫が産声をあげると

鳥達が集まってきた。
四季神家(しきがみけ)は、にわかに賑やかになった。
姫達の鳴き声、笑い声、ふたりさくら子が三人をあやす声が

屋敷中に響き渡り、

鳥達も負けじとさえずった。

ぼたん老女は、姫達を慈しみ心込めて養育した。
どんなに忙しくても愚痴ひとつこぼさない老女に習って、

ふたりさくら子も笑顔を絶やすことはなかった。
クルクルとこまねずみのように働く三人の花の精を、

母神は目を細めて見守った。
姫達はすくすくと育っていった。
このころの四季神家は人間達の生活と比べて、

さしたる差異はなかった。
皆、早朝に目覚め、父神のとなえるアマテラスへの祈りの言葉を、

こうべを垂れて聴き入ること以外は。
一の姫が三ツになった年、父神は三人の小さな姫達に言った。

『姫神になる支度を始めるのは、三ツの年と決められておる。
一の姫の供をするものを、呼んでおいた。
二の姫、三の姫は、それぞれ三つの年になるのを

楽しみに待つがよい』

どこからともなく、白狐が現れ、一の姫の前に座った。
二の姫の眼が輝いて、

白い生きもののふさふさした尾に触れた途端、

それは姿を消してしまった。
三の姫がぼたん老女のひざの上で、眼を丸くしている。

『ハ ハ ハ、 白狐は一の姫の供だ。

一の姫の言うことしか聞かぬぞ』

 *

二の姫が三ツになると、父神は駿馬(しゅんめ)を用意した。
一年後、三の姫の元に鳳凰(ほうおう)が飛んできた。

姫達それぞれの供が決まると、再び三人を前に、

父神が言った。

『もう一人、姫が生まれる。

四人揃った時、それぞれに季節を与えよう。

それまでに、ぼたん老女とふたりさくら子を困らせないよう、

良い子にしておくように』

一の姫は素直にコックリと頷いたが、

二の姫と三の姫は二人で顔を見合わせて、

首をすくめて笑った。

『二人供、父神さまの前へ』

母神に促され、おとなしくなった二の姫、三の姫の頭に

父神の手が伸びた。

『元気が何よりじゃ』

一年後、

一の姫は六歳、二の姫は五歳、三の姫は四歳になった。
しかし、妹姫の姿はなかった。
四年が過ぎ、さらに三年が流れた。
その年の秋の終わり、母神は四人目の御子を身ごもった。
そして翌年夏の盛りに生まれた姫は、

黒々とした眼に睫毛がくっきりと長く、

この姫を拝した者は、そのあまりの愛らしさに

思わず笑みを浮かべた。
それぞれ、

十四歳、十三歳、十二歳になった三人の姫達は、

競い合うようにして末の姫を可愛がった。
ぼたん老女とふたりさくら子の仕事が

少なくなってしまうほどに。

 *

父神は裏山の桃の実をもぎ、
『加牟豆(カムズ)よ、出でよ』
と言った。

桃の実は、二ツに割れると中から小さな人形(ひとがた)が現れ、

みるみるうちに八歳ほどの、おのこになった。
父神、母神、四人の姫、

ぼたん老女、ふたりさくら子、加牟豆。

四季神家はますます賑わいを呈していた。
すでに三人の姫達は、父神のまつりごとの助けとなっていた。
難しすぎることがあれば、

三尾の神獣達が姫達にかわって、ことごとく解決して行った。

やがて、末の姫が三ツの年を迎える時が来た。
一の姫は十五歳。
すでに姫神としての気品を備え、

祈りの形に入ると光背(光の輪)が現れた。
二の姫は十四歳。
のびやかな四肢の野生が光り、

愛馬に乗って駆けるさまは、父神に似て雄々しくさえあった。
三の姫は十三歳。
母神似のあでやかな容姿の中に、

凛とした心を宿していた。
鳥達と思うさま語り合うことが出来るのは、

この姫の供、鳳凰の力であった。
末の姫はいまだあどけなく、

笑うと周りのものすべてに穏やかな心をもたらす

おさなごであった。

 *

一の姫が生まれて十五年が経ったが、

ぼたん老女とふたりさくら子、加牟豆(カムズ)は

四季神家へやってきたままの姿で、

年を重ねることはなかった。
今では、ふたりさくら子より

姫達三人の方が年上になってしまったが、

変わることなくクルクルと動いて、

母神とぼたん老女を喜ばせた。
加牟豆は、父神と二の姫の愛馬達を任された。
八歳とは思えぬ知力と体力をもって、その役をこなしていった。

一の姫の供である白狐は、ほとんど姿を見せず

姫が祈りの形に入る時、どこからともなく現れた。
鳳凰も又、秋が近づくと姿を見せたが、

別の季節になると空のかなたへ飛んで行った。
困ったのは龍の処遇であった。
末の姫は龍が大層気に入り、常に側におきたがった。
龍の方も姫を背に空を飛ぶことを、厭う風はなかった。
しかし、なにぶんも体が大きいため、身の置きどころがなく

夜はひとつ山を超えた所にある湖に身を沈め、

姫が目を覚ます頃には、四季神家の真上の空にいた。

 ***

その昔、

八百万(やおよろず)の神々は天界に御在しましたが、

この頃にはすべて 中つ国(なかつくに)に降臨し、

中には、下界の人間の生活の中にとけ込んでおられる

神々もいた。
天上界はアマテラスによっておさめられ、

降りて行った神々と祈りを通じて、交信していた。
神々は、朝陽が昇ると

その陽の大御神(おおみかみ)アマテラスへ

祈りを捧げた。
神々の仕事は、アマテラスがお創りになった、

人間達の日常を過もなく不過もなきように方向付けることで、

手ずから助けることは、ほとんどなかった。

『人間たちの努力があるかなきかによって

結果に導かれることを、中空から見守るように』
とのアマテラスの意思は、固く守られていた。

 

— 本 編 —

さて、このものがたりは、冬に生まれた一の姫のことから始まる。

一の姫は、幼い頃から誰よりも気高く、
ひっそりと静寂の中に佇むことを好んだ。
姫が三ツの時、父神は迷うことなく
冬の季節を選び、白狐を供につけた。

冬。
一の姫は四季神家の皆と別れ、
奥深い山中に在る冬の社(やしろ)へ向かった。
途中、悪霊達が跋扈(ばっこ)する森を
抜けなければならない。
母神は、幼い姫の道中を思い、心痛めた。

「冬神になる支度は、もう少し先からでも・・・・」

「いや、決められたことは守らねばならぬ。
白狐がついておるゆえ、案ずることはないであろう」

父神は、一の姫の近より難いほどの神々しさと
白狐の才を信じていた。

一の姫と白狐が悪霊の森にさしかかると
、コウモリに似た大型の翼のある生き物が飛んできた。
そして、やにわに姫の体を鋭い爪でつかみあげようとした。
その瞬間、白狐の体が宙を舞い、
コウモリに似た生き物ののどぶえを食いちぎった。
白狐は地に下りるやいなや、
姫を背に乗せ、ひた走った。

うっそうと繁る森を抜け、
目も眩む谷を飛び越え、
走る、走る、走る。
その間にも、左から右から、
おぞましい姿の悪霊が姫と白狐に襲いかかった。
姫はしっかりと白狐の首にしがみつき、
父神より授かった祈りの言葉を心に念じた。

その時、姫の体から青白い炎が燃え立ち、
姫と白狐は、たちまち火の玉となって
流星のごとく、悪霊の森を抜けて行った。

冬の社に着いた時、
一の姫は立つのがやっとというほどに、憔悴していた。
白狐も又、白いフサフサした毛があちこち抜け、
傷を負っていた。
それでもぼたん老女に教わった作法通りひざまづいて、
冬の社の主に申し上げた。

「四季神(しきがみ)家より、参りました」

「一の姫じゃな。
まだ、いとけないその体でよくぞ参った。
白狐と共に、充分休むがよい」

冬の社の主神(ぬしがみ)は、
もうすでに五百年もこの社を守ってきた。
一日も早く、次の冬神にその任を譲りたかったが、
一の姫の幼気(いたいけ)な姿を見て、
「あと十年は長生きせねばならんの」
とひっそりつぶやいた。

 *

冬の社は、雪と氷でつくられていた。

社の一番奥には祭壇があり、
主神はその前で日がな一日祈り続けていたが、
五百歳にもなると半分は眠っている状態で、
その様子を見た一の姫の、
めったに笑わない顔に笑みが走り、クスッと声を出したので、
白狐は驚いて、白い尾をフワリと揺らした。

一の姫は毎年、冬になると白狐を供に
氷の社へ赴いた。
五百歳を超えた主の社は、
満面に笑みをたたえ小さな姫を迎えたが、
なにぶんにも高齢のため、一日の半分以上は眠っている状態で、
姫の冬神への修行の第一歩は、
この神を揺り起こすことであった。

「お社(やしろ)さま 陽が昇りました」

「そうか、大御神(おおみかみ)への祈りを届けなくてはならんな」

社の主神と小さな姫は、朝日に向かってこうべを垂れ、
朝の祈りの言葉を唱和した。
中つ国には至るところ、樹々の実りがあった。
固い実、やわらかな実、酸っぱいの、若いの、甘いのと
種類も多く、神々の主食はもっぱらこれらの果実で
事足りていた。

氷の社の裏山にも、樹々が青々と葉を繁らせ、
その実は冬にもたわわに実っていた。

その実を採り、祭壇に供えることも、
姫の仕事のひとつであった。
うつらうつらと過ごす主神に、
「お社さま、お供物(くもつ)を下げて参りました」
と勧めたが、その日主神は眠ったように
動かなくなった。

冬の最後の日、春立つ日の前日。
ついに主神は眠ったまま、ゆっくりと消滅した。

 

「お社(やしろ)さま! お社さま!」

消えてゆく主神を呼び戻そうとする姫の声が、
社の中に響き渡った。

姫はいまだ十歳にも満たなかった。
半分眠っている状態でも、社に主神が在(おわ)す時は、
話し相手となってくれたが、
一人取り残された今、静寂が波紋のように広がって、
姫は初めて淋しいと思った。

背後に座っていた白狐の冬衣(ふゆぎぬ)が
ふいに立ち上がった。
「お前まで どこへ行くの?」
冬衣はしばらく帰って来なかったが、
数刻後、主神によく似た小さな老神を背に乗せていた。

「四季神家の一の姫じゃな わしは少名神(すくながみ)じゃ。
主神の従兄弟にあたる」

白狐の背より小さなこの神は、体に似合わぬ大きな声の主であった。
「明日は春立つ日。一の姫は四季神家へ帰る日じゃ
。また次の冬に会おうぞ」

そう言う置くと、氷の社の隣にいつの間にか建っていた、
小さな祠(ほこら)へ、スタスタと姿を消した。

 *

一の姫が冬の社から帰る日、二の姫は駿馬に乗って
山のふもとまで迎えに行った。

姫が乗る駿馬の手綱は、加牟豆(かむず)がしっかりと握っていた。

「春姫さま、この坂道を登った所で
冬姫さまをお迎え致しましょう」
「加牟豆は疲れないのか?ずっと歩いてばかりなのに」

答えるかわりに加牟豆は手綱を放し、
急ぎ足で峠の一番高い所を目指した。
そこからは、はるか先の方に悪霊の森が見渡せた。

「冬姫さまは、あの森を無事抜けられたか」
と思いをはせたとたん、
加牟豆の眼の前に青白い光が降り立ち、
一の姫と白狐の姿が現れた。

「加牟豆、ただ今帰った」
眼を丸くして建っている加牟豆の後方で、
二の姫の声がした。
「姉(あね)さま!もう移動の術(すべ)を身につけられたのか?!」

「白狐は空を飛べないゆえ、
父神さまに教わった祈りの言葉を心に念ずると
、私の体は瞬時に動くようになった。
春姫のその馬は空を飛ぶと父神さまが言うておられたが、
加牟豆、馬の名は何と言う?」
「建速(たけはや)と呼んでおります」

二の姫は眼を輝かせた。
「この馬が空を飛ぶのは知らなんだ。
明日、父神さまに走り方を教えてもらうことにしよう」

一の姫と二の姫は並んで建速に乗り、
四季神家へと向かった。
ふたりさくら子が真っ先に一行を見つけ、
ぼたん老女に伝えた。
ぼたん老女は父神と母神に急いで知らせたので、
加牟豆が
「姫さま達のお帰りでございます」
と先ぶれすると、
四季神家の皆々が並んで迎えた。

母神は一の姫の体を気遣った。
父神は、一の姫から主神が消滅したこと、
少名神が現れたことなどを聞き、
ひと回り大きく成長した一の姫にねぎらいの言葉をかけた。

「御苦労であったの
。
一の姫は次の年から、冬の社の祭司をすることになろう
。
少名神が諸事万端、心得ておられるゆえ、教えを乞うことじゃ。
移動の術(すべ)も会得したようじゃな。
そなたはもうすぐ十歳になる。
下の姫達の手本となるよう、励むがよい」

「父神さま、春姫が建速を飛ばせたいと願っております」

「そうか 今日から春立つ日であった
。ではこれから、建速が空を飛ぶよう、調教致そうか」

 *

父神は、三の姫と鳳凰を呼び出し二の姫、父神の愛馬、豊雲(とよくも)、加牟豆と揃った所で、
父神は、豊雲にヒラリと跳び乗った。

「建速はまだ空を飛んだことがないゆえ、
振り落とされぬよう、しっかりと手綱を取るのだぞ」
そう言うと、豊雲の手綱をグッと引き
馬の顔が上空へ向くように合図した。
「跳べ!」

豊雲は力強く大地を蹴り、中空へと躍り上がった。
その様子を見ていた三の姫が鳳凰の背に跳び乗った。
鳳凰は大きく翼を広げると、一気に空へと飛び立った。

父神の乗る馬が空を駆け、
鳳凰が悠々と羽ばたくのを見て、
二の姫の駿馬は姫を背に、今にも駆け出しそうに
四肢を躍らせた。
その様子を見て二の姫は、父神にならって手綱を強く引き、
馬の顔を空へ向けた。
「跳べ!」
建速は父神の豊雲を真似るかのように、
勢いよく地面を蹴った。

 

「父神さまーぁ、 建速(たけはや)が空を駆けておりまぁす」

二の姫は体中で喜びを現し、建速の首を大きく叩いた。
建速はうれしそうに大空で力強く跳ねた。
とたんに姫の体が勢いよく跳ね、
手綱がその手から放たれた。
姫の体は弧を描いて地表へ向かった。

その瞬間、おびただしい鳥の群れが体を包み、
二の姫は再び、空中へと浮かび上がった。

「姉さまーぁ!」
鳳凰が近づいてきた。
二の姫は三の姫とともに鳳凰の背に乗った。

父神がその様子を見て、
「ハ・ハ・ハ、 建速は初めての空であったのう」
と言うと、
建速が申し訳なさそうな顔をして、
二の姫に近寄ってきた。
「案ずるな、私は平気だ。この次はもっと高く飛ぼう」

その日から数えて十日目、
二の姫と建速はその姿を捕らえることが出来ぬほど
速く、高く、空を飛ぶようになった。
加牟豆は空を仰いでいるのに疲れて、
草原(くさはら)に寝転んで、
その様子を日がな一日眺めていた。

春はまだ浅く、時折冷たい風が吹いたが、
二の姫と建速は空駆けることの喜びに満ちあふれていた。
春姫の仕事は
喜びの根源、生命の芽吹きをうながすことであった。

鳳凰が三の姫の前に現れたのは、四年前。

父神が
「三の姫の供を呼んでみよう」
と片手を挙げると、
かなたの山々の峰が黄金色に輝いた。
火炎のような影を後方に放ちながら、
炎色の翼を持った大きな鳥がやってきた。
三の姫はおそるおそる近づくと、
その長い足にそっと触れた。

鳳凰は黒い大きな眼で姫をじっと見つめると、
くちばしで姫の帯をはさみ、軽々と持ち上げ
ゆっくりと背に乗せた。

「陽(ひ)の鳥 鳳凰よ、姫を空へ案内(あない)してやってくれ」
父神の合図で、美しい大鳥(おおとり)は翼を広げた。
三の姫はあわてて鳳凰の首にしがみついた。

鳳凰がゆっくり飛び立つ。
見晴るかす眼下に広がる、山々。
里の景色。
そのすべてが、陽の鳥の朱(あけ)の色に染められてゆく。
秋の始まりであった。
その様子を姫は、
鳳凰の背から眼を見張るようにして見つめていた。

“季節を変えてゆくことが 私の仕事”
だと、おさな心にも理解した瞬間であった。
父神はその様子を、
豊雲の背から満足そうに見守っていた。

 

翌年、三の姫のもとに鳳凰が飛んで来たのは、八月尽。
まだ夏の名残の暑さが、四季神家のあちこちに見られたが、
朝の清々しさはもう秋そのものであった。

誰よりも早く目覚め、鳳凰の到来を待つ姫の側には
ふたりさくら子が寄り添っていた。

「姫さま、鳳凰はどちらの方角から?」
ふたりさくら子の二の口から同じ言葉が同時に出る。
三の姫はニッと笑って、
「さて、のう」
と答える。
「マア、四季神さまの話し方とそっくり!!」
ふたりさくら子は同時に言って、同時に笑った。

そこへ加牟豆が眠そうな眼をこすりながら、やってきた。
「姫さま、鳳凰はどちらの方角から?」
三人の少女が笑いころげるのを、加牟豆はキョトンと見ていた。
が、フイに
「きっと、陽の出る方角からやって来ると思われます」
と言いながら、東の方角を指した。

まさにその時。
山々が朱に染まり、黒い点が現れた。
黒く見えた影はたちまち炎色となり、
優美な長い尾羽をなびかせて飛ぶ、鳳凰の姿に変わっていった。

 *

母神、四人の姫、ぼたん老女、ふたりさくら子、加牟豆。
全員揃ったのを確かめると、
父神は大御神(おおみかみ)アマテラスへ祈りの言葉を捧げた。

四季神家の一日の始まりであった。

父神と加牟豆が集めてきた山々の恵みが、
四季神家の祭壇に並べられている。
そのうちの半分を、
ぼたん老女とふたりさくら子が恭(うやうや)しく下げて、
皆に配膳した。

朝餉(あさげ)は、瓜(うり)と無花果(いちじく)であった。
庭の大木に止まって羽を休めている鳳凰を見ながら、
父神が言った。

「三の姫よ そなたは秋を司る姫君となり、
いつの日か 竜田姫(たつたひめ)と呼ばれるようになるであろう。
そうなる日のために、本日より覚えねばならぬことが
あまたある
。
季節を秋に変える準備を、今から始めるぞ。
加牟豆、豊雲の馬具を軽くしておいてくれぬか」

「はい、四季神さま」

その日から、三の姫は鳳凰に乗り、
豊雲と並んで空を飛んだ。
父神は眼下に見える草木のひとつひとつの特徴を、
三の姫に教えた。

新しい芽をつけるために葉を落とす木。
緑のまま冬に向かう木。
落葉する樹々は赤や黄に染め上げるが、
常緑の木を紅葉させてはいけないこと。
秋に実をつける草木にも、
紫、赤、黄、青など各々の色をつけること。

秋姫の仕事は豊穣を分配することであり、
やがて来る冬のための準備をうながすことでもあった。

 *

夏の空はくっきりと晴れて、
もう100日も雨が降っていない。
下界では射られるような陽の光に焼かれ、
万物がジリジリと干上がっていった。

もうこれ以上日照りが続いては、作物が穫れないであろうと
人間達は恨めしそうに、天空を仰ぐ日々が続いた。

その頃、四季神家では、まだ幼い夏姫が龍の倭を相手に、
加牟豆が新たに供に加わったことを伝えていた。

「倭、よいか。わたしの言うことをようく聞くのだ。
加牟豆も供になった
。
加牟豆は飛べないから、おまえの背に乗せてやっておくれ
。
決して振り落としてはいけないよ」

倭の金色の目がギロリと光り、加牟豆を睨んだ。
それだけで加牟豆の心臓は、早鐘(はやがね)のように鳴り、
その場に立ちすくんでしまった。

その時。

「倭、姫を乗せて急遽人間界に赴き、雨を降らせよ!」
父神から命令が下った。

「行って参ります。加牟豆、行くぞ!!」
末の姫の小さな体が龍の背に登った。

慌てて駆け上がろうとする加牟豆の体に
倭の長い髯がヒュルヒュルと伸びた。
加牟豆は又しても空中に投げ出されるかと、
目をつぶった。

次の瞬間。
龍の体は、地表を離れ、
姫と加牟豆を乗せて、高い空の上にあった。
そして急降下すると、厚い雲を抜けて下界へと向かって行った。

龍は人間界へ達すると大きく口を開き、
身をくねらせて火炎を吐いた。
炎はたちまち雷(いかづち)となり、稲妻が走る。
身をつんざく雷鳴と共に、雨粒が飛沫となって、地表を叩いた。

ひとときの後、
緑はつやつや蘇り、涼やかな一陣の風と共に
龍は四季神家へと帰って行った。

 *

そののち、五風十雨(ごふうじゅうう)が続き、
やがて秋の気配がそこかしこに漂ってきた。
夏姫に替わって、
秋姫が、綾織(あやおり)と名付けられた鳳凰と共に
空を舞う日がやってきたのだ。

母神はこの年、秋姫のために綿の羽織ものを拵(こしらえ)えた。
それは、ぼたん老女とふたりさくら子を伴い、
織屋にて百日で織り上げた、秋の山々を写した柄であった。
母神は秋姫にその羽織ものを着せかけながら、言った。
「山や里の草木を染めた後は、湖の上に行き
惜しげなくこの衣を投げてやるのですよ」

 

その夜、秋姫はぼたん老女に問いかけた。
「母神さまは、あの衣を湖へ投げよと言われたが
、ぼたん老女、その訳を知っていたら教えておくれ」

ぼたん老女は答えた。
「姫さま、あの衣は秋茜(あきあかね)※の羽と
金色茜草(こんじきあかねぐさ)の蔓(つる)で
出来ておりまする。
湖の水底(みなぞこ)に沈む前に溶けるように。
溶けた衣は魚を育て、皆々の恵みとなりましょう」

「そうか あの美しい衣を、
惜しげもなく投げよと言われた訳がわかった。
わかったが、秋茜は生きたまま羽をもがれるのか?」
「いえ、ご心配には及びませぬ。
ひととし前の落ちた羽を、わたくしとふたりさくら子が
拾ってまいりますゆえ」

ぼたん老女は、姫の心根(こころね)の優しさに
思わず笑みを浮かべた。
「姫さま、綾織と飛ばれる時の衣は、毎年織り上げまする。
どうかお心置きなく、お仕事をなされませ」
※秋茜・・・とんぼ

 *

「この冬の社から吹く風は、人間達の住む下界に下りて、
高い山々に当たり雪を振らせるのじゃ
。
大雪は人間達の足を止める。
内々にこもる日々が続いても、弱音を吐かぬのが人間じゃ。
やがて来る雪解けの日を待ちながら、皆で助け合って暮らしてゆく

。
じゃがな、
心が弱くなることもあろう。
その時こそ、冬の社を守る主神の祈りの力が試される。
よいかな、姫よ、
強い力はより強いもので押さえられるが、
弱くなろうとする力を支えるのは、たやすいことではないぞ」

少名神の言葉は、冬姫の沈着な心にまっすぐに届いた。

雪を降らし、人々を鍛え、迷いを救うことが
冬姫の為すべきことであった。
少名神はそれを伝えると、さっさと祠(ほこら)に入ってしまった。

その扉に向かって、冬姫が心配そうに声をかけた。
「少名神さま、何も召し上がらないでよろしいのですか?」
「いらん、わたしは食が細いでな」
扉の奥から、少名神の体に似合わぬ大きな声が返ってきた。

ふと見ると、
つい今しがたまで少名神が腰掛けていた朽ち株の回りには、
栃(とち)の実の皮が散乱していた。
そのあまりの多さに、
冬姫は小さな声で笑い、
それを見た冬衣がフワリと白い尾を揺らした。

 

「少名神さまのお歳は?」
加牟豆の言葉を思い出した冬姫は、
「はて?」
と声に出さず呟いて、もう一度ほほえんだ。

手のひらに乗るほどの身の丈ながら、
少名神はなかなかの健啖家であった。
冬の社の回りを毎日てくてくと歩く。
博学を姫に伝えんとして、よく語る。
そして陽が沈む前には早々に祠へ帰り、眠りについた。
毎朝陽の出より早く、
「朝の祈りの時間じゃ!」
と大きな声が姫の眠りを覚ませた。

冬衣(白狐)は、翌日から
少名神が目覚める少し前には姫を起こし、
祭壇を整えた。
少名神は上機嫌であった。
「そもそもこの社の主たる者は・・・」

冬の社の歴史を紐解く語りも、
さらに熱を帯びてきた。

この歳の冬は厳しく、凍てつく日が幾日(いくにち)も続いた。
春立つ日が近づいても、木々の芽吹きは見えず、
根雪は解ける気配もなかった。

下界の寒さに比べると、
中つ国は冬でもうららかな日があった、


そんなある日、
少名神は冬の社の回りをスタスタ歩きながら、
1人ごちた。
「冬姫はりっぱに育った
。わたしの教えることはすべて頭の中に入ったようじゃ
。あとは光背が現れるのを待つばかりじゃ」

「少名神さま お供物を下げて参りました。
朝餉(あさげ)にいたしましょう」
「おお そうか
。歩いておると腹が空くのう。薬湯も用意してくれたかな?」
「はい 今朝は人参湯を作っております」

それはありがたいの、と少名神が座ると
大きな杯(はい)になみなみとつがれた、
湯気の立った飲み物が運ばれてきた。
卓の上には、籠に山盛りの果実が置かれていた。
大きなものは口に入らぬのでは、と冬姫は気遣ったが
、そのような心配は無用とばかり、
少名神の頑健な歯と顎はみごとに動き、
カリカリポリポリと小気味良い音をたてた。

よく食べ、よく動く愛すべき小さな神は、
知恵の塊(かたまり)でもあった。
冬姫は、いつまでも祠の中にいてわたくしを見守り、
教えを下さいますようにと、
大御神(おおみかみ)に祈った。
しかし、その祈りとはうらはらに、
少名神が冬の社から去る日が
近づいていた。

 *

社から冬の風は止まったというのに、
人間界は雪に閉ざされていた。

(このままでは芽吹きを迎えることが出来ぬのう。
人心(じんしん)が弱っておるようじゃ。
何年かに一度はこのようなことが起きる。
いや、ひょっとしたら冬姫の力を試すために
、大御神と黄泉(よみ)の国へ逝かれた
主神が為されたことかもしれん)

少名神はいよいよ、その時が来たのだと悟った。
今までかじっていた栃(とち)の実を置くと、
小さな神は姫を呼んだ。

「姫よ、
そなたの祈りの力が必要な時が来たようじゃ。
冬衣と共に地上に赴き、春日の社へ籠(こも)るのじゃ。
四季神に教わった祈りの言葉を千回唱えよ
。
雪どけを願って、心込めて祈るのじゃぞ」

冬姫は、白狐の背に乗り、
流れ星のように杜の社へ移動した。
その夜空を仰いだ人間達は、口々に言った。
「流れ星が春日の社へ落ちた、良きことの前兆ぞ!!」

冬姫は一心不乱に祈った。
父神から授かった祈りの言葉を、千回唱える。
回を重ねるにつれ、姫の体から
霧のような蒸気が立ち昇った。
蒸気はゆっくりと大気に伝播(でんぱ)して、やがて驟雨(しゅうう)となり、
地上に降り注いだ。
姫の “気” のこもった雨は柔らかく暖かく地表を覆い、
雪と氷は ゆるゆると融け始めた。

九九九回目、
冬姫の背後に うっすらと光背が現れた。

そして
千回目の祈りの言葉と共に、
紛(まご)うことなき冬の女神が誕生した。

 *

春立つ日はとうに過ぎていた。
四季神家では、皆が帰ってこない冬姫の身を案じていた。
春姫は加牟豆と共に、山の麓(ふもと)まで
何度も出かけたが、
姉姫の姿は見えなかった。

「下界の様子を見て来るがよい
。さすれば、冬姫の帰りが遅い訳もわかるであろう」

父神の言葉で、春姫が出立(しゅったつ)した。
建速と共に空を駆ける。
下界に達すると、うす靄(もや)の中、
絹のような雨が降っていた。

氷のごとき雪が淡淡(あわあわ)と融けていくのを見て、
春姫が叫んだ。
「姉様の “気” が満ち満ちている!」

すぐさま帰還した春姫と建速の回りに、
皆が集まってきた。
「父神さま、姉様は今日明日にも戻られましょう
。
この冬の出来事をお聞きするのが楽しみでございますね」

春姫の告げた通り、冬姫はその夜
、月が昇りきった頃に冬衣と共に帰ってきた。
その顔にはやや疲れが見えたが、
「父神さま 母神さま ただ今もどりました」
と伝えた声は、
少女から昇華した女神そのものであった。

ふたりさくら子が同時に言った。
「冬神さまになられたのですね!」

「これは、栃(とち)の実
ひとつだけ持って帰ったのか?」

「母神さま、少名神さまの好物にございます
。
少名神さまはわたくしに、冬の社を守るためのすべてのことを
教えて下さいました
。
でも・・・・・
わたくしが下界で祈っている間に
、冬衣がもとの場所へお送りしたそうにございます。
次の年、あの社の側の祠(ほこら)には
少名神さまはいない・・・・・」

「姫よ 少名神は栗鼠(りす)の化身じゃ
。
黄泉の国へ逝かれた主神が、そなたを案じて使わされたのであろう
。
寂しがらずとも、いつの日かまた会えるやも知れぬ
。
大役を無事つとめることが出来て、今ごろは
安堵しながら栃の実をかじっていることであろう」

ぼたん、さくら、ももの化身である三人が
ほっと息を吐いて微笑んだ。
それを合図のように、
四季神家に春の光がそそぐような、空気が流れた。

冬姫が、
少名神が置いていった一粒の栃の実を握りしめると、
冬衣がそっと寄り添い、
白い尾をフワリを揺らした。

次の朝から、
春姫が駿馬を駆って、春を蒔(ま)く任に就いた。
遅くやってきた春は、その分 力を増して
花々は一斉に蕾(つぼみ)をふくらませた。

 *

夏が巡ってくると、龍(倭やまと)の金色(こんじき)の眼は
さらに光を増した。
加牟豆は今もって、その眼を正視することが出来ない。
それでも、
夏姫の供をして倭の背に乗り空を跳ぶことは
無上の喜びであった。

この国の南から北の果てまで
、背骨のごとき分水嶺(ぶんすいれい)に
沿うようにして、悠々(ゆうゆう)と龍が跳ぶ。
渦巻く海の上にさしかかった時、姫が指差した。
「ほら あれをごらん、加牟豆。
倭はあの渦の底に潜(ひそ)んでいたんだよ」
「四季神さまは、姫さまをあの海に投げ込まれたそうに
ございますね
。
姫さまは倭が助けてくれるとわかっておられたのですか?」
「いや 父神さまは供を探しにいこうと
。ただそれだけじゃ」

あの渦の中に投げられたら・・・・・
加牟豆は思っただけで気絶しそうであった。
その気配を察して姫が笑った。
「倭はきっと獲物が空から降ってきたと
思ったのかもしれないよ、
パクッ!! って」
「パクッ って??」
「そうならなかったから 今跳んでるんじゃないか!」
2人の楽しげな笑い声は、コロコロと地上に落ちて
キンポウゲの花に届くと、たちまち輝く虹色の露となった。
何事もなく、夏は終わりに近づくはずであった。

 *

大きな雲が少し力を弱めてきた。
風の力を借りて、片雲に変化しようとしていた。
小さな嵐がやってきて、空の雲をすべて吹き飛ばし
紺碧の大空が広がっていた。

人々は、今年は秋が早いのかと
挨拶がわりに言い合っていた。
翌日、太陽は西の山々に沈まなかった。
中空にとどまったまま、ピタリと動かなくなってしまった。

そのことに気付かぬ人々は、
仕事がはかどると思ったのか働き続けた。
そのまま2日、3日と過ぎても
夜は訪れなかった。

人間界の異変はすぐさま、中つ国の四季神家に伝わった。
四季神は、天変地異に備えるべく豊雲(とよくも)に乗って
、みずから下界へと下りて行った。
龍に乗った夏姫と加牟豆が、すぐさま後を追った。

夏の陽が鋭く地上に降っていた。
このまま夜の来ない日が続けば、
この国のすべては終わりを迎えるかもしれない。
四季神は、陽の神アマテラスの異変を感じた。

「夏姫よ 四季神家へ戻り、皆を集めよ

。
冬姫は冬衣と共に四季神家へ残り、
母神とぼたん老女を守るように

。
春姫と秋姫はそれぞれの供を呼んで
、そなた達と共に私の合図を待てと
伝えるのじゃ。
天上界へ参ると告げよ
。大御神の身に何事かが起きている
。
私はこのままひと足先に行き、それを見極めて参ろう

。
それから、ふたりさくら子を倭に乗せてやるのを
忘れずに、な」

「承知致しました!」

「四季神さま わたくしをお連れ下さいませ」

「いや 加牟豆は夏姫の供じゃ
。何事かあった時は姫を守ってやってくれ」

「この身に替えて夏姫さまをお守り致します!」

「そうか では頼んだぞ」

四季神は夏姫、倭、加牟豆に力強いまなざしを送ると、
豊雲とともに、天上界へ走り去った。
すぐさま倭も、頭を中つ国へ向け急上昇した。
そのあいだにも
地表は熱を帯び、人間達は狂ったように働き続けた。

 *

天上界へは、下つ社(しもつやしろ)の鳥居をくぐり、
長い階段を登る。
そして、上つ社(かみつやしろ)の鳥居を抜けた所に、
アマテラスの御座所があった。

四季神は、上つ社を包むように広がる邪念を観て、
大御神の危急を悟った。
急ぎ、豊雲の踵(きびす)を下つ社に向けると、
今来た道をとって帰した。

「冬姫よ、聞こえるか
。
何者かの邪念で、囚われの身になっておられる大御神を
お救いせねばならぬ
。
皆に伝えよ、
邪悪なものとの戦いになる
、心して臨めとな」

四季神家で、父神の言葉を受けた冬姫は、
その旨を皆に伝えた。
その言葉が終わるのと同時に、真っ先に倭が飛び立った。
背に夏姫と加牟豆・ふたりさくら子を乗せて、
春姫と建速、秋姫と鳳凰が同時に続く。

下つ社に参集した四季神家の子らと神獣たちは、
皆それぞれに邪悪なものの正体を知りたがった。
四季神は、眼を閉じ念の形に入った。

 

「黒い鳥が、無数に見える
。その鳥達の中心にいるのは、人か神かよくわからぬが、
長い年月をかけておどろおどろしく膨張した、
怨念の塊を要しておる」

「大御神様の御身は?」
春姫が問うた。

「無事じゃ
だが、この国に夜が訪れない理由は、
大御神の御身が自由ではないということを、意味する」
四季神は眼を開けると、その場の者達それぞれに、
力強いまなざしを向けた。

「我らは今より、大御神をお救いし、
この国に四季を取り戻すため、上つ社へ参る
。
皆々にとって戦いは初めてじゃ
。負けてはならぬ。
しかし、無益な殺生は控えることじゃ。
姫達には身を守る剣を与えよう
。
加牟豆とふたりさくら子には、おのずと備わった能力がある。
心配しなくともよい

私がついておるゆえ、供と心をひとつにして存分に働くがよい
。
いざ、出発じゃ!」

 *

下つ社へ向かう長い長い階(きざはし)の途中、
春姫は大きな切れ長の眼を、さらに見開いていた。
建速が、これから始まろうとしている戦いに、
身を震わせていた。
伝わってくる力強い鼓動に応えるように、
春姫は馬の骨を優しく撫でた。
「私の足となって、一緒に戦っておくれ」

鳳凰は秋姫を背に乗せ、
長い2本の足を交互に動かしていた。
黒く大きな瞳の中に、秋姫が映る。
秋姫は、ふっと緊張を解いて
両翼の間に顔を埋めると、大きく息を吐いた。
「大丈夫、父神様がいらっしゃる」

龍の倭の背上、夏姫と加牟豆、ふたりさくら子は
姉姫達に比べて緊張を知らず、
4人揃って倭に乗っていることを
むしろ楽しんでいる様子でもあった。
倭は、四肢を使って歩いていた。

「倭の背中は固うございますね」
ふたりさくら子が同時に言う。
「もし振り落とされたら、あのヒゲが巻き取ってくれる」
加牟豆は、思い出したように言って笑った。
「歩いている倭に乗るのは初めてじゃ!」
夏姫が、丸い大きな眼を輝かせている。
愛らしい声音の中には、不安など微塵もなかった。

やがて、
上つ社の鳥居が見えてきた。
無数の黒い鳥が音も立てず、上つ社を取り囲んで飛んでいた。
その様子はあたかも、黒雲がうねりながら
社を幾重にも覆い尽くしているようであった。

四季神の念の中に現れた、
人か神か見極めのつかない邪悪の塊が
上つ社の真上に立って、御座所を見下ろしていた。
そこには大きな榎があり、
アマテラスはその木の根方に注連縄(しめなわ)で拘束されていた。

「四季神家の者どもが到着したようじゃ
、吾れの祖(おや)達よ
、ときの声を上げるがよい」

黒い鳥達が一斉に威嚇の声を放った。
今まで耳にしたことのない凄まじい雄叫びが、
天上界を切り裂いた。
上つ社の鳥居をくぐった途端響いてきた異界からの奇声に、
四季神家一行は、一瞬たじろいだ。

その様を見た黒い影が、社の屋根からフワリと舞い上がり、
四季神達が確認できる位置に飛んできた。
近づいてきた者の顔を見て、四季神は顔を強張らせた。
若い女と老女がひとつの顔に同居している
言いようのない不吉な影をまとって、
その不気味な存在が口を開いた。

  *

「待っていたぞ。
おまえ達を亡きものにすれば、この世は吾れが支配出来る。
アマテラスはすでに吾れの手の内じゃ」

四季神家の姫達は、冬姫を除いて
みな戦いなど知らぬ平穏の中で育ってきた。
しかし今、目の前に
異形の者がおどろおどろしく現出したことによって、
瞬時に身の内の血が沸立った。
3人同時に供を駆り、
目前の異形の者に対峙出来る位置へと移動した。

「待て、はやるでないぞ」
四季神が姫達の前へ出た。

「おまえは何者じゃ。
我らはおまえのことを知らぬ
。名を告げよ」

「吾れの名は無い。
鳥どもは無名さまと呼んでおるが」

その時、黒い羽が半ば色を失い、
風切羽が切れ切れになった老鳥が
四季神と無名の間に飛んで来た。
空中で動きを止めたまま、ひと際大きく声を上げた。
するとその鳥の声は、
すぐ四季神達にも聴き取れる言葉に変化した。

「無名・・・・・さま・・・は
神の子孫・・じゃ

。
父の名は オウスノミコト。
母は黒女鳥(クロメドリ)。
オウスノミコトは死して白鳥になり、
彷徨う途中アズマの地で、黒女鳥と契った。
生まれた子が無名さま。
いや、父も母もその子に名をつけることなく
いずこかへ去った。
我ら黒鳥(クロドリ)一族はその子を大切に育て、
いつしか無名さまと呼ぶようになった」

 *

「なるほど無名という名の由来はわかった。
オウスのミコトは今ではヤマトタケルとお呼びしておる。
その御子がなぜ大御神に反逆せねばならぬのじゃ」

「アマテラスに 遺恨はない」

老鳥が無名の言葉を引き継いだ。
「無名さまは名が欲しかったのじゃ。
名が無いのは顔が無いのも同然

。
我らは無名さまの心の闇を救いするべく、
死する間際になると魂を捧げ続けてきた。
しかし我らは所詮鳥じゃ
。
神の御子をお救いしようなどと
大それたことを考えた罰が、
こともあろうに無名さまに降りかかった・・・・・・」

「そうか それゆえ若さは半身のみなのじゃな」

「吾れは名の無きことを恨み、
父(ちち)母(はは)に捨てられたこの身を呪って生きてきた。

それにひきかえ四季神よ、
おまえの姫達は幸せじゃな。
家族とは良きものであろうな。
ホッホッ 

憎しみの向かう先が見えてきたわ!!」

「元の身にもどる術(すべ)が何かあるはずじゃ
。
大御神を解き放ち、この世を元にせよ

。おまえも家族を作ることじゃ」

「もうよいわ!
吾れはバケモノのこの身を白日に曝して、生き長らえる。
せめてこの世を吾がものにと思ってどこが悪い!
人間共は僕(しもべ)となり
、五穀豊穣を吾れに捧げるであろう」

「人間は昼と夜があって 健やかに子孫を繁栄させる生き物
。
休息無くして生き長らえることは出来ない。
五穀豊穣とて、春夏秋冬あってこその
恵みではないか」

「ホッホッ 人間共が死に絶えたとしても、
また産み出せばよい
。
そのためのアマテラスじゃ

。美しい姫達は目障りぞ
。四季神家など滅びるがよい!!」

無名は声高に言い放つと、姫達を睨め(ねめ)まわし、
黒鳥達に向かって手を上げた。
それを合図に、鳥達は黒い渦を巻いてうねりながら
四季神一族に襲いかかった。

黒い鳥達は変化自在であった。
春姫と建速に対しては馬の形に、
秋姫と鳳凰に向かっては巨大な怪鳥となった。

そして、
末の姫と加牟豆、ふたりさくら子をのせた倭に、
翼を持った竜が襲い来る。
そのどれもが、
鋭い刃で全身を鎧のように覆っていた。
姫達は一瞬、凍りついたように身をすくませた。

「惑わされてはならぬ!
刀に見えるのは、鳥の嘴(くちばし)じゃ」
四季神の声が、凛々と響いた。
と同時に、
豊雲とその馬上の神は一体となって、
翼竜めがけて斬り込んだ。
頭上にかざした剣が、鮮やかに振り下ろされるたび、
黒鳥達が散っていった。

「父神さまに続けーっ!!」
春姫が宝かに声を上げ、鐙(あぶみ)を蹴った。
建速は黒鳥の化身馬に突進し、
鳥達を蹴散らした。
秋姫と鳳凰は高く高く飛翔し急降下すると、
追ってくる怪鳥に体当たりした。

しかし、
黒鳥の数は一向に減る様子はなかった。
なぎ払っても蹴落としても、
瞬く間に集結し、また元の形を成して、
四季神一族に向かってきた。

その頃
四季神家に残った冬姫達も、戦いのときを迎えようとしていた。
黒い鳥達が、四季神家の周辺に
一羽また一羽と集まってきて、そこかしこに群れを作っていた。

冬姫は母神とぼたん老女に、
塗り籠めの中に入り、内からしっかり鍵をかけるよう伝えた。
その時、四季神から念の言葉が届いた。

『黒鳥を集結させてはならぬ
。地表に近づいた鳥を、冬衣と共に追い払うのじゃ』

冬姫は、はおりものを脱ぎ、身軽な体になると
父神がお守りとして置いた剣を取った。
三ツの頃から、冬の社への決死の旅を続けている。
寡黙で静謐(せいひつ)な平時の姿は消え、
たった1人でも怯まぬ闘志が瞳の中に燃え立った。

「母神さまとぼたん老女はわたくしが守る。
冬衣、鳥達が変化(へんげ)する前に
蹴散らすのじゃ!」
冬姫が背に乗ったと見るや、
冬衣は黒鳥の群れに向かって、宙を跳んだ。

 *

「龍に乗っているのは、童(わらべ)どもじゃ。
末の姫をまず血祭りに上げよ!」

無名が命じると、黒鳥たちは一斉に夏姫に向かった。
その数は知れず、
黒い壁が立ちはだかったかのように、
四季神達と夏姫の間を裂いた。
壁の内側では、倭が大きく体をうねらせ、
長い尾と巻ヒゲで鳥達に応戦していた。
夏姫も剣を抜き、近づく鳥をなぎ払っていたが、
視界が少しずつ狭くなってきた。

ふたりさくら子が
「姫さま!」と叫んだ。
夏姫は、倭の目を狙って突進してきた鳥めがけて
剣を投げた。
剣は命中したが、そのまま鳥と共に落ちていった。
武器が無くなったとみるや、
鳥達は倭の硬い表皮をつつき出した。

バシッ バシッ と長い尾が鳥達を砕く。
しかし鳥達の数はあまりにも多かった。
倭の尾の動きが鈍くなった。
ふたりさくら子が、両側から
夏姫に覆い被さった。
その背中目がけて、黒鳥の群れが襲いかかった。

その時、
「吾れを追え!!」
加牟豆の声が響き渡った。

加牟豆は、倭の背から反動をつけて
鳥達の渦の中に飛び込むと、
大きく体をのけ反らせ、全身に力を込めた。
その瞬間、童の体は粉々に砕け、光の粒となって、拡散した。

小さな粒はみるみるうちに、拳(こぶし)大になり、
芳香を放つ桃の実となって、あたり一面に飛び散った。
鳥達がわれ先にと飛びついた。
黒い壁は一瞬にして崩れ、
桃の実をついばんだ鳥達は、ことごとく消え去った。

「夏姫!!無事か!」
四季神と春姫、秋姫が駆け寄って来た。

「父神さま、


加牟豆が・・・・・・・・」
夏姫の声はそれ以上、続かなかった。

 *

天上界、中つ国、人間界ともに平和が戻ってきた。

人間界では、あれほど暑かった太陽が西の山々に沈み、
翌日から涼風が吹き渡った。

竜田姫と名を改めた秋姫が、鳳凰と共に空を翔ぶ
その年の秋がようやく始まった。
冬姫は人々の祈りの対象となり、
その身はやがて観音に化身した。
そして春姫は、佐保姫と呼ばれるようになっていた。

末の姫 夏姫は、いまだ少女の面影を残し、
夏姫を守って散って行った加牟豆のことが
忘れられないでいた。
戦いのあと傷ついた体は、
ふたりさくら子が手の平から繰り出した桜の花びらに包まれて、
3日間眠り続けていると、完治した。

しかし、心の中の傷までは誰も治しようがなかった。

供とはいえ、兄弟のように育ってきた加牟豆。
倭の背に乗って飛んだ日々のことが思い出されて、
夏姫は寡黙になる。
キラキラと輝いていた瞳から、
明るい色が失せてしまった。
四季神家では皆が、
夏姫の心の空白を思って心痛めた。

 *

3年の月日が流れ、
ある日 四季神は1人の若者を伴って帰ってきた。

「加牟豆?」
「生きていたのか!」
「逞しくなって・・・」
皆口々に言い、喜び合った。

「加牟豆は大御神のお力で、われらの一族として蘇った

。
大加牟豆神(おおかむずのかみ)と名も賜った

。夏姫と添わせるようにとの仰せじゃ」

それを聞いて、夏姫が頬を染めた。
光がさした両の瞳の中に、
加牟豆の笑顔が映っていた。

(完)