【玉麗小説】走る美術館:祝賀パーティ編

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〜「走る美術館」ものがたりの主な登場人物とあらすじ〜

 【登場人物】

桐生(きりゅう)まこと:水墨画家
桐生(きりゅう)サクラ:娘
有森幹太(ありもりみきた):桐生とサクラがカンちゃんと呼んでいる桐生の弟子兼助手
ハウル:桐生家の犬

その他シーンごとに、たくさんの人物が登場する

【あらすじ】

桐生まことは還暦を迎える頃から、体力に自信を無くしていた。今やっておかなければと長年の夢であるバスの旅を企画する。中古車を改造し、全国津々浦々を回り、作品の展示と墨ライブを行う。すでに運転免許は返上しているので、自力では不可能と思っていたら願ってもないチャンス(幹太には悪いが)、有森幹太の会社が親会社の倒産のあおりを受けた。アルバイターになった幹太に声をかけるとOKで、珍道中が始まったー。

第1部は「故郷編」で、完成している。これからのものがたりは、第2部。

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 まえがき 〜ものがたりを書くにあたって〜

玉麗会創立25周年祝賀パーティが終わって、ある教室で問われました。
「先生、ひょっとしてあのハプニングは仕組まれたものだったンですか」

いえいえ、私はそれほど目先の効くヒトではありません。単なる偶発的事象でしたが、とても良い結果を生んだと思います。でもそれっておもしろい発想ですね。その後、それまで書き進んでいたものがたりを大幅修正し、出来上がったのがこのものがたりです。皆さんが楽しんで下さることを願いながら・・・

澁谷 玉麗

 

「 走る美術館 祝賀パーティ編」

「お待たせ致しました。ただ今より始まります。」

アナウンスと共に、場内のざわめきが消えた。

照明が落とされ、桐生サクラはスポットライトの中にいた。

幅5センチほどの刷毛と墨が入った容器を持つ姿が動く。

 

ライトがサクラを追う。

壁側には高さ2メートル幅6メートルの和紙が貼られている。

そのやや左寄りに立った時、

ジャーン!!

チャイコフスキー交響曲第4番が大音量で鳴り響く!!

・・はずであった。

 

しかし、ホテルの大宴会場は静まり返っていた。

しわぶきひとつ聞こえてはこなかった。

音響スタッフのあせりが、伝播している。

どうなるのかとステージを見つめる観客達。

 

1秒、1分、ときが経過してゆく。

桐生まことはステージ左側に立って、会場の隅々に目を配っていた。

観客は全員サクラを見ている。

 

その時、サクラが客席に向かって首をすくめてクスッと笑った。

かぶりつきの観客もつられて笑う。

そう、その調子。

でも、どうする?BGM。

 

数日前から5月最終日曜日の天気は、崩れると予報されていた。

「雨ですね。残念だけど。」

教室で何人かの会員に声をかけられたサクラは、苦笑いで答えた。

「私の友達に強力な雨女がいるんです。彼女が司会やってくれるンで・・・。」

母も私も晴女なんですが、と付け加えたかったが、マツバラミチにはずっと負けっ放しだ。

 

桐生会創立25周年祝賀会の日は、絶対に「勝った」と言いたい。

そうだ、フサバアチャンの力を借りよう。

“突然のお願いですがあした晴れにして下さい”

チーン、とおりんを打って、仏壇に手を合わせた。

ハウルが足元に寄ってきた。

さっと抱き上げて “ハウルからもお願いします”

もう一度、チーン。

 

家族の願いごとがある時、サクラが仏壇に手を会わせていることを、桐生は知っていた。

小さな仏壇には父と母の戒名が入っている。

生前の2人に愛されて育ったサクラの行動としては、納得のいくことであった。

 

同じことをしても、私の中には娘のような自然さがないと思う。

逝った人々に対する素直な心がない訳ではない。

けれども私には、父や母の意に反する道を歩んできたという後ろめたさが、微かにある。

 

ふるさとを離れる、それが両親から独立することだと言い切れるほど、桐生の人生は単純ではなかった。

親が子に託す思いの重量感に、つぶされそうになったこともあった。

けれども、時の経過は人の心を染め変える。

めぐる季節は人の立場をも、いつのまにか変えてゆく。

時々、あの頃の母の心の裡は、こうであったのかと思うことがある。

 

桐生は、いつもは閉じている仏壇の扉を開けた。

“やっとここまで来ました。いろいろあったけど、ちゃんと生きていますよ。

あした、どこかで見ていたら、サクラに拍手してやって。”

 

去年の夏、桐生は幹太の運転で長年の夢であったバスの旅に出た。

中古の小型バスを手に入れ、作品を乗せて全国を回る予定であった。

行く先々で展示会を催し、墨ライブを行った。

サクラがつくったグッズはTシャツ、布バッグ、ハンカチなどで、ポツポツであったが売れた。

収入は支出を賄い切れなかった。

予測の範囲内であったから気にしないでいいと言ったが、幹太は収入が少ない時、バスの中で仮眠した。

2カ所回ったところで、桐生が墨ライブ中に捻挫した。

急遽サクラを呼び寄せ、予定していた3カ所目をキャンセルすることなく乗り切ったが、厳しく教え込んでいなかったので、サクラが描く龍は精彩さに欠けた。

そう感じた桐生は走る美術館を一時閉鎖することに決めた。

翌年は桐生会を立ち上げてから25年目、祝賀会の話が会員達の間から持ち上がっていた。

 

「龍の顔を描く練習しないと・・・」

「エ、この前のじゃ、ダメ?」

「ダメ、全然迫力がない」

 

クローゼットの引き手をはずし、和紙を貼る。

棚に積み上げていた和紙はどんどん減ってゆく。

サクラはもったいないからと、紙が真っ黒になるまで筆を走らせた。

それでも母とは筆さばきが違う。

腕を組んで後方から見つめている、母であり師である人の口からOKの言葉は出てこなかった。

祝賀会運営のための企画、事務処理、打ち合わせ、会場下見など仕事は山のようにあった。

その合間を縫ってリハーサルが続く。

 

祝賀パーティはすぐそこに迫っていた。

 

僕が桐生先生の所へ通うようになってから、かれこれ10年になる。

初めて会った時、先生は僕の頭を見てちょっと戸惑った様子であった。

ところが口から出た言葉は「初めて見たワ、ホンモノのモヒカン!!」だった。

フツーのオバサンのように“触らせて”なんて言わなかった。

茶髪のトップを凝視したあと、楽しそうに笑った。

 

20歳の僕にとって桐生会は異質の世界であった。

月2回の教室はよほどのことがない限り休まなかった。

職場の先輩達は“先生が美人なんだろう”とからかったが、全く違っている。

違っていると言いたいのは僕の心の在りようで、先生がブサイクということでは決してない。

 

見るもの、聞くものすべてがおとなの世界であった。

先生の知人の店へ食事に行った時、「桐生会、がんばって続けてね」と店主に言われた。

その時、“桐生先生にずっとついて行きます”と答えたらしい。

一緒に行ったアヤメから時々聞かされる。アヤメは僕の彼女で、もうすぐ結婚する。

 

言い遅れたが、僕の名前はアリモリミキタ。漢字で書くと有森幹太。

先生とサクラさんはカンちゃんと呼ぶので、桐生会ではこの名前で通っている。

 

勤務先のデザイン事務所が親会社の倒産のあおりを喰って、僕は畑違いのケーキ屋でアルバイトをすることになった。

収入は少なくなったが、桐生先生からの時々の仕事を受けるには好都合になった。

墨ライブの出演兼助手、このジャンルは桐生先生の考案で始まった。

その頃は墨のパフォーマンスと呼ばれていた。

 

先生はデパートやホテルのギャラリーで、2年に1度くらいの割合で個展を開催していた。

その時の客寄せとして、店側からトークかパフォーマンスを、と要請される。

“私は話下手だから描く方がいい”と始めたのが進化して、今に至っている。

 

当時の紙面はせいぜい1メートル四方くらいであった。

先生が大まかな構図を描き、先輩のキキョウさんと僕が細部を受け持つ。

よく描いていたのは“臥龍梅”と呼ばれる梅の古木だった。

“臥龍”というのは、やがて天へ昇る龍がその機を待ってじっと臥している姿のことだと教わった。

 

先生の絵は端正で凛としている。

和紙の上で筆がすべるように動いていると思ったら、次の瞬間グッと力が込められ、擦れ、跳ねて、終筆する。

 

それでも全体的には地味なものであった墨のパフォーマンスは、半年後、墨ライブと名称を変えてホテルの大宴会場へ登場した。

桐生先生は8メートルの画面に躍る龍にチャレンジしたのだ。

僕は龍図を彩る“青”と“金”を担当することになった。

 

「いいパーティだったねぇ」

「ほんと!最後の花束贈呈、桐生先生感激して涙流さはったから、私ももらい泣きしちゃった」

「あ、私も、やっぱりねェ。25年やってきたんだと思わはったとたん・・・万感胸にせまるシーンだった」

「アラ、又泣いてるの!」

「アハ、私って感激屋なのよ」

「素晴らしい集いでしたよ。企画の立案者は桐生先生だろうけど、動いたのはサクラさんでしょうナァ。もう、“サクラさん”なんて気軽に呼べませんな。龍を描かせてもあんなに上手いんだから」

「しかし、音が出なかった時はどうなるかと思いましたワ」

「桐生先生、肝冷やさはったやろな」

「ホンマ、みなシーンとして、固唾のんでましたよ」

「イヤー、サクラさんの笑顔に救われましたわ、ハプニングにも動じない所がスゴイです。もうりっぱな2代目ですナア」

「ひょうたんから駒。終わり良ければすべて良し!」

「それにしてもあのボーカルの子、上手かったねェ。BGMを頼んますって言われても普通あわてまっせ。口上も良かったし、“聖者の行進”の選曲かてバッチリや。いや、大したもンです」

「やっぱり、生の方がよろしいナ、何と言うても迫力が違いますよ」

「墨ライブあり、歌あり、じゃんけん大会あり、もう盛り沢山、メチャ楽しかった。食事もおいしかったしねェ」

 

興奮冷めやらぬまま、談笑する人達が何組か、ホテルのカフェに散らばっていた。

脇に置かれた紙バッグから、バラの一輪が顔を出している。

先に帰った一団の手にも同じものが見えた。

桐生がおみやげと一緒に1人1人に配ったものだった。

 

パーティ3日前のリハーサルなのに、桐生はokとは言わなかった。

サクラが描く龍には足りないものがある。

それを言うと、何が足りないのと聞き返されるだろう。

どう描けば足りない部分を補えるのかと聞かれても、言葉として答えが出ない。

いやそもそも、答えなんてないのだ。

 

桐生はサクラに、いつも答えを出してきた。

これはナニ?

あれはどうして?

なんでそうなるの?

 

わからないことは本を読み、辞書を調べ、さらに自分の考えも加えて、疑問に答えを与えてきた。

親はそうあるべきと信じてやってきたことだった。

 

ところがある日、理想の親はそうではないと知る日がやってきた。

考えてごらん、調べてごらん、と問いに対して答えを探させるように導く親の話を耳にしたのだ。

少なからずショックを受けた。

だからといって、“今までやってきたこと”を否定する気持ちにはなれなかった。

“今までやってきたこと”を変えることも出来なかった。

 

サクラが水墨画の道に進みたいと言った時、桐生は、“今までやってきたこと”は決して無駄ではなかったのだと感じた。

しかし、枝を払い、転びそうな足元を踏み固め進んできた道のはずなのに、苦労話は、あわあわとつかみどころがない。

だから、どうすればいいのかを教えることは出来なかった。

サクラは桐生の後ろ姿を見つめて、ついて来た。

 

「もう1回描いて」

15畳余りの部屋の片隅には、積み上げられた龍の絵の保古。

“まだダメなのか”と書かれたサクラの顔を見ながら、桐生は、どうしたものかと重い心を持て余していた。

 

 7

祝賀パーティ当日、すべての天気予報を裏切って、雨雲はどこを探しても見当たらず、快晴の青空が高く広がった。

マツバラミチに勝った、とサクラはゴキゲンでハウルを抱き上げ、仏壇に手を合わせている。

3日前のリハーサルで、ダメ出しこそなかったが、上出来とも言ってもらえなかったことなど、ケロッと忘れている。

いや忘れたフリをしているのかもしれない。

 

とにかく、今から4時間後までに、すべての準備を滞りなく終えなくてはならない。

会場正面に並べる4枚の大屏風、墨ライブ材料一式、その他必要と思われるものすべてを、2台の車でホテルへ運び込んだ。

 

当日の司会者はマツバラミチ、

墨ライブ(サクラとカンちゃん)、

歌ライブ(ミナミリリイとカシワラヨウコ)、

記録係(スギモトリョウイチ)、

会場スタッフ(キキョウ、フヨウ、スミレ)、

全員揃っている。

 

桐生は会場を見て回った。

すでにサクラがみんなに役割を分担し、各々の場所が10時を目標に狂いなく動いていた。

 

ミナミリリーとカシワラヨウコがキーボードの配線を操作している。

「音出し、OK?」

「OKです」

 

その様子を見ていた桐生に、フッと思いついたことがあった。

「カンちゃん、ちょっと」

 

車で5分ほどのショップへ行き、幹太を待たせてCDを買ってきた。

この忙しい時にナンデこんな買物に駆り出されたのか、幹太が不審に思ったかもしれないけれど、カンちゃんは口が固いし・・・と、気にかけないことにした。

 

パーティは始まっている。

しかしBGMが流れない。

「ハプニングが発生した様子です。しばらくお待ち下さい」

マツバラミチがアナウンスした。

 

突然、サクラが右手に持った筆を挙げ、会場奥へ合図を送った。

「ミナミちゃん、つないで」

小柄なミナミリリイが目を見開いて頷く。

 

「突然ですが、BGMを担当することになりました、ミナミリリイです。25周年おめでとうございまーす。では、皆さんよくご存知のこの曲を!」

軽快なテンポのキーボードに乗って、ミナミリリイが歌い出す。

底力と量感たっぷりの、友人の危機を救う歌声が会場に溢れた。

 

サクラは笑みを忘れることなく、のびやかに舞うように筆を走らせている。

龍が、リハーサルでは見ることの出来なかった鮮やかなキレを伴って、徐々に姿を現した。

幹太が青と金で彩色をする。

 

画龍点睛。

「おめでとう!桐生会」

ミナミリリイがひときわ華やかに決めた。

 

自分で淹れるほどおいしくはないが、何事もパーフェクトなんて滅多にあることではない。

この景色と開放感を味わうことが出来るのだ。

紅茶がおいしくないことなど、どうでもいいことかもしれない。

川を挟んで対岸にあるホテルの一角、オープンカフェのイスに座って、桐生まことは、2日前のことを思い出していた。

 

いいパーティだった。

程よい熱気と感動があった。

歌も良かった。

オープニングの墨ライブで、サクラは動転することなく、ハプニングを乗り切った。

 

私の25年間は、あの瞬間に完結した。

陽光の眩しさに眼を細めながら、桐生は遠くを見た。

きらめく川面をすべるように、練習中のエイト(ボート)が木陰に消えた。

 

ひょっとしたら、桐生先生はCDをすり替えたのじゃないだろうか。

幹太はその疑問を抱いたまま1週間過ごした。

教室がある日曜日、桐生から幹太のケータイにメールが届いた。

 

            青虫が蝶になったよ

 

たぶん、サクラさんが育てているアゲハのことだろう。

でも、それだけじゃわざわざ僕のケータイに知らせたりはしない。

もう1度画面を見た幹太の口許が、ゆっくりと緩んできた。

このメールは残しておこう。

(終)

 

あとがき 〜お礼とお願い〜

いかがでしたか。このものがたりは、祝賀パーティで実際に起きたミス(ハプニング)をもとに、虚実混交でつくり上げたショートストーリーです。

登場人物の名前は、すべて植物からとりました。
何人かの方々が読んで下さると思うと感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
出来うるなら、もう一度読んで頂き、時系列を崩して構成した結果などを、教室で読後感としてお話頂けたら、この上ない幸せです。

澁谷 玉麗